2月11日(土)
DAY37
イースター島上陸
≪ひたすら歩いたラパヌイRapa Nui≫
イースター島(Easter Island)=ラパ ヌイ(Rapa Nui 地元の呼び名)=イスラ デ パスクア(Isla de Pascua スペイン語チリでの呼び名)
朝6時過ぎにテンダーボートを下ろす音で目を覚まし、起きると、船は泊まっている。まだ周りは真っ暗。船の情報を見ると、イースター島の北側に泊まっている。とにかく日の出が7時50分なので、暗いけれども、ウォーキングを始めることにする。6時50分歩き始める。周りは真っ暗。テンダーボートは下ろされている。1時間たつと明るくなり、南側に陸地、地図を見ると、アナケナビーチ沖に停泊しているようである。気温は高く、天気は良好。風が若干あるくらい。
朝食、シャワーの後、出かける支度。予定では、ハンガ・ロア村(Hanga Roa)の沖に停泊し、テンダーでハンガ・ロアの船着き場に入ることになっていたのだが、北側のアナケナビーチは、なにもないところ。フロントオフィスに聞いてみると、停泊地が変わったこと、ハンガ・ロアまではバスかタクシーとの返事。とにかくテンダーボートに乗って上陸することに。
9時過ぎに出発。波が高く、着岸にだいぶ時間がかかって、10時近くに浜の船着き場に上陸。バスか何かあるのかとそのあたりを歩いてみるがなにもない。駐車している車の周りでなにやら交渉しているので脇に行ってみると、「ダウンタウンまで行く」と言っている。往復30US$ だというのでまあこれしかないならと乗ることにする。あと2人とか言っている。なんだか日本の終電後のタクシーの相乗りの呼び込みみたい。キャッシュで30$払うとちょうど人数一杯で出発する。ピックアップの後ろに座席を付けたような車の後部で窮屈にしていると、20分くらいでハンガ・ロア。帰りはどうなるのかな、と見ていると、ツーリスト(Insularレンタカー屋さん)の家に着き、『契約書』を渡してくれて、15時に来るように言われた。浜での対応と違って、きちんとしたものだ。時に10時45分。あと4時間しかない。
火山ラノ・カウ(Rano Kau)に登るつもりでいたが、4時間しかないので、どうしようかと迷う。が、今日はとにかくこれが優先だと、行くことにする。当初の予定では、ツーリストインフォメーションに寄り、情報を集めてから、と思っていたが、時間がなくなったので、街の中心にあるツーリストの事務所から、ひたすら南に行き、飛行場を越え、ラノ・カウに向かう。
昨日、船の旅行案内デスクで、イースター島の地図を広げていたので、いくつか聞いたうち、ラノ・カウの標高は200mとのことだった。200mなら1時間で登れ、1時間で下れるな、と思いスタートしたのだが、これがどっこい。
赤土の自動車道路沿いに登っていったのだが、途中、黒曜石(Volcanic Glass)が点々と落ちている。火山だから当たり前だが、これは、石器の材料となった石だ。GPSの高度計は200mを越えても道はさらに登って行く。山頂は陥没して火口湖になっているということで、手元の『地図』によると、周回ルートがあるようなので、途中から自動車道路を離れ、左手の歩道に沿って歩くと時々ユーカリの木に似た森があり、あとは草原。火口壁に出る道を見逃したか、海に向けて下り始めたので20分ほど戻り、火口壁に出る。すばらしい。ほとんど円形の火口湖が見える。海側は火口壁が崩れ、周回ルートはなさそうだ。ところで、標高200mとは、この火口湖の標高だったのだ。火口壁は標高300m。ここまでで1時間どころか1時間半かかってしまった。
火口壁に沿って3/4周すると、オロンゴの遺跡。時刻は12時半を回り1時近く。水は持ってきたが、食べ物を持ってきていないので、腹が減ってどうしようもない。村で調達してくればよかったのだが、先を急いだのと、昼過ぎには下山できるだろうという甘い見通しの結果。
とにかく、空腹を抱え、火口壁最先端のオロンゴ遺跡に行く。ここは、チリの国立公園で、入園料が60US$という、この国の物価と比べ馬鹿高いのだ、他の国立公園にも行けるとはいえ・・・。 まあ、遺跡の保護に協力するかと60$払い、入場する。きちんと管理されて、道標も着いているのだが、一番景色のいい先端に行くと、長い行列ができている。札を見ると、「定員5人」。これを待っている行列であった。これにつきあう時間もないので、さっさと出てきてしまった。15分で60$。高いなあ。
下りは、歩行者用の道を下る。これは、町外れの国立公園事務所に入り、事務所の建物の右側を通って、ラノ・カウに直接登る道なのだが、この道の情報は知らなかったので登りは公園事務所を素通りしてしまった。下りは、空きっ腹を抱え、さっさと下りた。暑い。じりじりと暑い。
ようやく、街に出て、店で冷たいコーラとパイ、オレンジジュースを買って店先の椅子に座り食べた(4150ペソ)。うまかった。人心地つくというのはこのことか。この1ヶ月、「飽食」ともいえる環境にいるので、何ともいえないものがあった。
が、時間はすでに2時過ぎ。当初考えていた行動は、カット。何とか、町の北にあるアフ・タハイのモアイ像だけは見てきたが、博物館も、民芸品市場も、インターネットカフェも、郵便局も、スーパーマーケットもパス。
とにかく、歩きに歩いた4時間余りで、3時にツーリストの店に着き、小型バスで移動、テンダーボートに乗り込んだ。なお、テンダーボートの出るアフ・ナウナウのアナケナビーチは、とてもすばらしい砂浜で、海水浴客がたくさん来ている。ビーチの後ろに5体のモアイが立っている。
イースター島は、火山でできた島で、九重山にある米塚のような、(伊豆の大室山のような)こんもり盛り上がった溶岩の山が至る所にある。その大きなものの一つが、ラノ・カウである。ハンガ・ロアに着岸予定だったが、ハンガ・ロアの海岸は、波が高く、上陸地点を変更したようだ。そのおかげで時間がなくなり、残念なこともあったが、これも旅というものだろう。
久々に、空腹感と山歩きを疲れるほどやった一日であった。さらば、イースター島。思えば、この島の名を初めて目にしたのは、確か小学校4年の頃、ハイエルダーの「コンチキ号漂流記」を読んだときのことではないか。それから50数年。まさか、上陸するとは。
夕食は、Mahi-Mahiとかいう白身の魚のソテー。
9時過ぎ、まだ日は落ちない。出航して2時間。遙か後方にラパヌイ(イースター島・イスラデパスクア)の島影。
使った通貨 90US$(≒7200円)
4150チリペソ(≒600円)
40555歩!!