575で綴るエベレストトレッキング
2011年5月 ネパールに出かけ、エベレストトレッキングを行った。
カトマンズ→ルクラ→ナムチェバザール→ゴーキョピーク→チョーラパス→カラパタール→ナムチェバザール→ルクラ→カトマンズ
この旅の記録を、575で綴ってみた。もとより、俳句などは正しく教えを受けたことがない。目で見、心で感じた一瞬を切り取るには、いろいろな方法があるだろう。散文しかり、絵画しかり、写真しかり、・・・・・。今回は、時間がいくらでもあるので、575という言葉で切り取ってみただけのことだ。
喧噪と 排気の中に 青紫(あお)き花
我先に 群がる国に 我立てり
いずこにも 「人手過剰」の 街に立つ
初めてカトマンズに降り立ったときの感想
人程の 荷物背負いて 人が行く
人は担ぐ 赤い石楠花の 山道で
物は皆 人とヤクとに 運ばれし
メニュー表 人が運びし ツナサンド
トレッキングの始まり、ここでの輸送手段は、人とヤクだけだ。
氷河より 流れ来し水 空色に
吊り橋の 足下の水 空色に
谷は深く、吊り橋の足下は,遥か下に氷河が溶けた水色の流れが走る。
霧晴れて 窓の外には 白銀(しろ)き峰
朝霧や タムセルクより 日の昇る
霧上がり 意外に近き エベレスト
ナムチェバザールの丘の上からエベレストが見える
白き花 ナムチェの市の 賑わいや
青き空 白銀の峰に サクラソウ
紅白の 石楠花の道 白銀(しろ)き峰
石楠花の 白桃紅と 峰の白銀(しろ)
ネパールの国花は赤い石楠花だという。5月はちょうど石楠花の花が咲いていた、それも、赤、ピンク、白など
歩いても 歩いても遠い 次の尾根
対岸に 一筋の傷 歩道かな
遙かなり 500m下の 青き水
谷の間に 白く見ゆるは 8000m峰(ジャイアント)
モレーンの かなたに槍の 姿見ゆ
サクラソウ 緑の牧に 群生す
地形が大きいので、歩いても歩いても景色が変わらない。それでも、ふと、8000m峰の白い姿が現れるのがヒマラヤである。見えたのは、チュオユー
客一人 ガイド一人の 山の宿
白銀の 峰の肩には 月かかる
味に疲れ ボイルドポテト 注文す
明太子 プレインパスタに 香りけり
ゴーキョに行く道は、トレッカーが少なく、靜かな山旅であった。が、高度が上がると、高度障害のせいか、食べ物がのどを通らなくなってくる。
辿る道 登りになるや 息切れる
見えずとも 酸素少なし 上り道
ひたすらに 高度順化に 寝て過ごす
4000mを越えると、酸素不足がてきめんに現れる。
ゴーキョリへ 20cm ずつ登る
ゴーキョリの ピークの先は 雲の海
はじめの目標、ゴーキョ・り(峰)は曇りであった。残念
氷河湖の 水青くして 峰映る
日が射すと コバルトに光る 氷河湖や
月面と 見まがうばかり 氷河かな
氷河には 碧き湖 点々と
氷河を渡る。それは、氷河湖が点々。他は、石と砂の世界。
一夜にて 峠の道は 雪斜面
峠道 雪の斜面に なりにけり
雪面を よじて登れば チョーラパス
雪壁を 登りて立てば 氷河かな
チョーラパス 氷河の上に 道一筋
ゴーキョから、峠を越えて、エベレストの麓へと移動する。その峠が、チョー・ラ(峠)
峠を越える前日の夕刻より、雷とともに、雪が降った。峠あたりは、10cmの新雪。
峠までは急斜面の登り、峠の反対側は、氷河上に道が付いている。
上り坂 咳きこむ息の つらきこと
満員の ロッジ横目に まだ歩く
峠を越え、降り立ったロッジは満員。あと2時間歩き、次のロッジ、ロブチェに。
快晴の カラパタールは 夢の中
目の前に 8000m峰の 揃い踏み
目の前に 世界の果ての 黒い峰
カラパタールは、エベレストを間近にみる展望台である。
5500mを越え、いっそう息が苦しいが、何とかたどり着いたときの景色は、夢のよう。
白銀のピークが並ぶ中に世界最高峰は黒々としている。
寝返れば 空気の薄さに 目を覚まし
石けんで 顔洗いしは いつのこと
戻り来ば ナムチェは大きな 村なりき
降りてきて 空気の濃さを 感じおり
標高4900mのロッジでは、寝ていても、息苦しくなり、目を覚ます。下に降りると空気の濃さを感じる。
足下より ふと見上げれば 巨大峰
普段着に ノースフェースの 溢れおり
10日ぶり シャワーのしぶきの ありがたさ
これが俺! 九日ぶりの 鏡見て
下り道は快適そのもの。日本の道を歩いているのと変わらない。が、ふと周りを見ると、白銀の巨峰が見える。
待ち待ちて 飛行機やっと 着陸す
ヒマラヤの 空にはぽっかり 白雲や
ヒマラヤは 高く希薄な 峰と谷
飛行機で、カトマンズに帰る。天気の関係で、何日も欠航することがあるとか。私も、4時間待った。
静かなる 朝を迎えし バンダかな
我先に 窓口に寄る 習いかな
住む人の 半ばは売り子か この街は
カトマンズに戻る。バンダは交通ストライキのこと。帰国の日にこれに当たった。喧噪の街がこの日だけは静かだ。
生活に 水も電気も ない世界
生活に 水も電気も 溢れおり
日々山で 働く山人 何思う
電気も水もない世界から、溢れる世界へ戻ってきた。溢れるこの国で、FUKUSHIMA はどうなるのだろう・・・など考えつつ。
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