ツブカル登山記

2004.8 浦川明彦


 モロッコにあるアトラス山脈の最高峰ツブカルTubcalの登山口、イムリルImelilの集落は、土産物屋やカフェが一本の道の両側に並んだ周りに広がっている。規模で言えば、「村」といったところ。タクシーを降りると、若い男が話しかけてきた。「ツブカルに行くのか、地図を持っている・・・」。ネルトナー小屋までは、ロバで荷物を運ぶポーターがいるのはわかっていたので雇うつもりでいた。麓まで行けば、何とかなるだろうと思っていたが、案の定、話

しかけてきた。それにしても、地図を持っている、というのは、聞き逃しにできない。結局、カサブランカでもマラケシュでも、地図を入手できな

かったから。ついて行くと、食事付きで、反対の渓谷に下りる道をガイドする、という。1600DH。食事なしなら1300DH。地図は、政府発行の4色刷5万分の一地形図であった。ガイドと食事はいらない、往復のポーターと地図がほしい。800DHで手を打った。この値段が高いのかどうかは定かではない。が、地図はぜひほしかったし、この値段だと、そんなにぎりぎり値切ることもない、と思ったからだ。話がまとまると、ロバと少年を連れてきて、この子が一緒に行く、という。名はハッサン、年は15歳とのこと。まあいいかと言うことで、荷物を預け、出発。少年が自分の家に寄ってから行くというのでついて行く。あれがツブカルだと言われた先には、ごつごつした岩山が見える。村はずれのベルベル人の住まいであった。中には入れというので、入ると、姉らしい少女、弟らしい子供、そして母親がいた。ベルベル人の家は、天井は低いが、涼しい。パンと卵焼きをごちそうになり、ハッサンが支度をした後、家を出る。途中、干し草を買い、ロバに積み込み、イムリルの村を出る。標高は1600m弱。時刻は10時。最後の集落Aroundを

過ぎ、開けた河原の道を進む。途中から山腹にのぼり、等高線に沿った道をゆっくりのぼる。ロバと人が行き交っている。12時に沢を渡り、白い大きな岩のあたりに店が数軒出ているところで休憩。ここまで、結構速いスピードでついてきたが、つらい。これから先はマイペースで行くから、とゆっくり登る。とはいえ、周りに登っているスペイン人の団体などは、少し歩いて休み、の繰り返しで、結局先になってしまうのだが。道は、急にジグザグの上り坂になる。上りつめると、ゆったりと渓谷の左岸につけられた平らな道を登ってゆく。ロバや馬とすれ違い、ヨーロッパ人のグループや馬子のアフリカ人などとすれ違いながら、歩いてゆく。周りは、背の低い草ばかりになり、そこに羊が放牧されている。時折、花も咲いている。途中、水場を2回ほど通過。土産物の水晶や飲み物を並べた店を過ぎ、渓谷をどんどん詰めてゆく。15時、正面に石造りの建物が見えてきた。ここが、ネルトナ

ー小屋だ。着いてみると、小屋は、CAF(Club Alpin Francaisフランス山岳会) Refuge Tubcal(ツブカル小屋)という看板があった。ネルトナー小屋というのは古い名で、現在はツブカル小屋になっているようだ。小屋といっても石造りの立派な建物で、食堂・炊事室・談話室などが1階に、2階には、2段ベッドが並んだ寝室が数室、地下には、洗面所・水洗トイレとシャワーの設備がある。受付をした。宿泊費が1泊80DH、夕食が1回50DH、シャワ

ーが1日10DHで、2日分で総額280DH支払った。フランス山岳会の会員だと宿泊費は半額になるようだ。夕食まで、周りをぶらぶらしたり、小屋の中を見学したりで時間を過ごす。夕食は、スープとパンとスパゲッティであった。ハッサンが翌日山頂まで一緒に行くということで翌朝は6時出発ということにする。土曜日ということもあって、日が暮れるころ、即興の「音楽会」が行われている。アフリカらしいリズムが響いている小屋の前の広場に行くと、アルミの大きな缶、ポリタンクを打楽器にし、ギター1本で演奏している。周りではそのリズムに合わせて踊っている。ここはアフリカだなーとしばしぼんやりと聞いていた。9時には寝てしまった。

 翌8月8日は4時40分起床、まだ暗い。食事を済ませ支度をして5:45に外に出ると、ハッサンは待っていた。荷物を持つ、というので、カメラと水以外を渡す。すぐに出発。ようやく、足元が見える時間になった。小屋の標高約3200m、頂上まで約1000mの登りである。小屋の東側の斜面をジグザグに登り、1時間くらいで狭い谷を通る。さらに1時間で、砂礫の広い谷を登る。残雪がところどころにある。7:45に3920m地点、8:45に稜線に出る。あと一息で頂上という、ざくざくの岩だらけの道を行く。右側は、切れ落ちている。これがツブカルの北面の荒々しい姿である。
 9:15ついにツブカルの山頂。あっけない、山頂到着であった。3mくらいの高さのピラミッド型の鉄骨が立っている。気圧は630Hpa、高度計はFULLの表示、気温は8℃無風。山頂には15人くらい人がいて、休んでいる。空は快晴。青いというより紺色の空の色だ。蒼天という言葉がふさわしい。周

りには、赤茶けた鋭い山々。遠く北側には、緑のイムリルの集落が見え、東の遠くは霞んでいるが、山の向こうがサハラ沙漠の方向だ。南には、高い山がある。地図で見ると、4000mを越える山々である。東には地平線が霞んで見える。ここが、ギリシャ神話にうたわれた、巨人アトラスが天を支えていたアトラス山脈の最高点なのである。山頂にいたオランダ人青年に写真を撮ってもらったり、撮ったりして、9:45に山頂を後にする。下りは実に早かった。富士山の砂走りと同じような斜面をどんどん下ってゆく。先ほどようやくたどり着いた稜線まであっという間に降りてしまった。さらに岩がゴロゴロの広い斜面、狭くなった谷筋と降りて行き10:40に一休み。急な斜面を降りて、11:30には小屋についてしまった。これから下っても十分に明

るい時間にイムリルまでは降りれる時間だ。しかし、そこから先の交通機関が明日の予約なので、今日は、この小屋でゆっくり過ごす。昼食を食べた後、午後は、のんびりする。夕食は、たっぷりのタジンであった。夜中に目がさめた。外に出ると、ちょうど南北に広がった空に、北極星・鷲座・琴座・白鳥座・さそり座そして天の川がくっきりとみえた。
翌8月9日、5:30起床。ゆっくり夜明けの景色を見る。月と金星が輝き、夜明けがやってくる。ツブカルに向かう人たちがあわただしく出てゆく。6:00の食事、6:30支度、7時直前までハッサンが起きてこない。ポーターたちの小屋に起こしにいって、あわただしく7時過ぎの出発。昼までに降りればよいのでゆうゆうだ。途中、ロバ(ミュールという)に乗るかと聞かれたが、歩いた。途中、牧羊犬を2頭つれたハッサンの友達の少年とすれ違った。道

の両側には放牧中の羊がいっぱいだ。花を見ながらのんびり下る。8:40白い石(Charaharouch)、10:10にイムリルに着く。残りのポーター代金400DHとべつに10ユーロ払った。タクシーが来るまで、昼食。羊の焼肉(メシュイ)とパンで30DH。12時過ぎに来たタクシーで、一路マラケシュへ向かう。途中、道端に果物売りがいるところで止まる。運転手が果物売りから買って食べている。すすめられて食べると、みずみずしくておいしい。何かと聞いたら、何と、そこここに生えているサボテンの若い果実?であった。その後、マラケシュまで、恐ろしい速さで走りぬけた。マラケシュ駅に1:40に 着いた。ここで荷物を降ろし、列車でスペインめざし北上。ツブカル登山は終わった。

麓にたどり着くまでの顛末はこちら

モロッコからスペインへ、  アトラスの麓からピレネ山中の国アンドラへ はこちら



地図について
地図は、政府発行の地形図があるが、入手するのが大変だった。
次のサイト(フランス山岳会モロッコ支部)には地図が掲載されている。
http://www.cafmaroc.co.ma/refuges/toubkal/cartobiblio.asp

ツブカル小屋についても、同会のサイトに記述がある。
http://www.cafmaroc.co.ma/refuges/toubkal/toubkal.asp

周辺の登山についても同様である。
http://www.cafmaroc.co.ma/refuges/toubkal/ascfacile.asp
http://www.clubalpin.com/fr/maroc.php3


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